感覚っていうものがあるんだよね。
それは自分だけのものだったりするから、
そのままの共感、共有が他の人とは出来ない、
してもらえなかったりもするのだけど。。。
私の内側の深いところの感覚は、
割と素直で純真無垢だな、と、
散々、自分を何十年も疑ってきて、今思う。
私は完璧な人ではないから、
もちろん間違えも起こすし、勘違いもする。
でも、これ真実だなというものに出会えた時、
すーっと、ハートの中心のエネルギーが
丹田に降りて、静かに収まって、
自然といらない力が、他から抜けるのがわかる。
これは私の体に感じる感覚を言葉にした
表現なのだけれど。
何か、捻られていたり、
自然でない誰かの意図のものや、
洞察が浅いものは、
瞬間は私の浅い意識は騙されても、
モヤモヤが戻ってきて、しっくりと収まらない。
その収まらない感じの私を、
私自身は、長い事、ずっと責めてきた。
リサめ!!間違う癖に、引っ込んでろ!!と。
今は、その私の内側から湧き上がってくる感覚が
割と当たっているんだと思えるようになった。
そこまで、意識の勉強や、
理論理屈を、嫌というほど学んできて、
やっと客観的に自分の感覚を見て、
何を見て感じているのかが
わかるようになってきたからだ。
深く沁みてくるように
自分の意識に落ちてくるもの。
上澄の水面に漂うように落ちてこない言葉。
落ちてこない言葉は、
深くまで見据えた結果の言葉ではないのだろう。
私の深い意識はそう囁いてくる。
私は深く意識の海に沈み、
バラバラの意識を繋いでいく。
繋がっていく。
途中は痛みに泣いても、
最後は、その領域に落ちていく。
それが一番心地良い。










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